« 2009年6月 | トップページ | 2009年10月 »

2009/07/18

10月に発表会

去年は、発表会が1月の年明けという超ハードなスケジュールだったため、今年はまた秋に戻ってきました。

というわけで、皆さん頑張りましょう。 
というか、私が頑張らなくては。。。そうであった。コンペで頭がいっぱいになってました。。。

2009年10月11日(日)
練馬公民館 
【地図】 

12:00~12:30開演予定(リハーサル午前)

・参加締め切りは9月11日(金)となります。
・8月にお渡しする申し込み用紙を、9月初回のレッスンまでにご提出ください。
・演奏時間は最長10分以内です。
・プログラムは当日お渡し致します。

Pスタジオ音楽教室主催です。
去年同様、12月にはクリスマス会も予定はしておりますが、そちらでは楽しみの曲を中心にしたアットホームな集まりにしたいので、

上手になりたい生徒さんは発表会参加、必須です(笑)








| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラルゴの会 vol.14

芝治子先生門下生による演奏会に、今年も参加することになりました。

退任パーティー後ということで、どのくらい集まるのかちょっと楽しみです。
無料でお聴きいただけますので、是非いらしていただけたらと思います。

2009年10月4日(日) 16:00開演予定

ムジカーサ 代々木上原東口徒歩3分

私は今年も、試験前後ということで・・・例によって試験課題曲です(/TДT)/あうぅ・・・
去年の苦い思いもあり・・・今年はおそらく試験後になるので、ショパンエチュードではなく、ベートーヴェンのソナタにしました。
いや・・・それでも全楽章って十分、迷惑千万なんですが。ずびまぜん(ノд-。)
試験後1~2週間で新たに曲を用意する技量もなしということで、選択の余地がありませぬ。

つまんないよう!!
もっと なんかウキウキするようなキラキラした楽しい曲が弾きたいよぅ!
         ↑ってなんだよっ ただの現実逃避のイメージです。。。

いや、ベートーヴェンさんも素敵なんですよ。ええ、ええ。ほんとに。いい曲なんです。
つーかこの細かい指示はなんなんだ、ぜったい「あら~○○さん、このホコリは何かしら」とかいう姑タイプだよっ  ベートーヴェン根性ねじまがってんじゃないの?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/03

わたしが大事なもの

とあるブログに下記のようなコメントがありました。  2009.07.02at.15:40

引用元:切込隊長BLOG 
前後のコメントがお世辞にも品がいいとは言えないのでアドレスはのせず・・・
私のように品の良くない話題もウェルカムな方で、気になりましたら検索してみてください。
別の方のブログには2ちゃんねるのコピペということで掲載されていたので引用に問題はないと思うのですが・・・

ある大学でこんな授業があったという。 
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。

教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」 学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」

一人の学生が手を挙げた。「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」「それは違う」と教授は言った。

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
 大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を
満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。




演奏にしたって指導にしたって、ピアノにしがみつけばつくほど、勉強しようと思えば思うほど、経済的に自立ができない後ろめたさを感じ、
音楽を一時あきらめ、きちんと自立した生活をしていた時はその時で、ピアノを弾いていないこと、勉強や練習時間が取れないまま教えることに後ろめたさを感じてた。

資本主義の世界で、だれかに負担をかけてピアノを続けることに疑問がなくなることは、一生ないのかもしれないけれど、
それでも、今やっていることは間違っていない と少し救われた文章でした。





| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年10月 »